トップページ > 農業用水保全情報 > 疏水百選 > 熊本県の疏水百選

疏水百選

熊本県の疏水百選

上井手用水■ 上井手用水
上井手用水は、約400年前肥後大名の加藤清正公の治水事業の一つとして、荒廃した大津・菊陽の台地に水を引き、米が作れるような台地を目指し着工された。その後、細川公へ引き継がれ上井手堰・上井手用水路が築造されたことにより、一面の水田地帯となったと伝えられている。当時は、熊本城へ米を運ぶ交通手段としても活用され、また大津町は参勤交代の宿場町として発展した。今も大津町・菊陽町に至る450haの水田を潤す一方で、北部地域の排水路としての機能も果たしている。
その上井手も過去に何度か水害に遭っているが、現在も昔ながらの工法である雑石積みや堰も残っており、専門家にも高い評価を受けている。
南阿蘇村疏水群■ 南阿蘇村疏水群
南阿蘇村は、熊本県の世界的な観光地である阿蘇カルデラの中にあり、中央部を国の名水百選指定の白川水源を源とする白川が流れている。年間約720万人が訪れる「水の生まれる里」である。
1674年に疏水群最初の水路「保木下井手」の開削に着工、1717年までに計6本の水路が開削され、現在では主たる水路だけでも11本、支線を含めれば数十本に及ぶ水路が美しいむらの風景として脈々と維持管理されている。
疏水群は、この地を全国有数の阿蘇コシヒカリの一大産地に変貌させた。平成18年には嘉左衛門の功績を称える顕彰碑の建立、測量法の解説板の設置、公式の記録誌が発刊されている。
通潤用水■ 通潤用水
通潤橋は、布田保之助が嘉永7年(1854年)に「肥後の石工」たちの持つ驚くほど綿密な計算と技術力を用いて造られた日本最大の石造りアーチ水路橋で、国の重要文化財に指定されている。長さは77.50m、高さは21.4m。アーチの半径は27.6mあり、橋の上部に逆サイフォンの原理を応用した3本の石の通水管が敷設されている。 布田保之助は、白糸台地に水を送ろうと、通潤橋の架設を計画し、吹上式に注目して、通潤橋を通して白糸台地に水を送る方法を考えた。通水管については、石の筒をつなぎ合わせ、隙間を特別配合の漆喰で漏れを防ぐ方法を考え出し、その技術は150年以上経った今でも地元の多くの人々のために生かされている。
幸野溝・百太郎溝■ 幸野溝・百太郎溝
幸野溝の開さくは、元禄9年(1696)に相良藩士「高橋七郎兵政重」によって始められ、球磨川に大堰を設け、再三にわたる流失決壊にもめげず、水路を掘り通し、宝永2年(1705)に完成。現在は、市房ダムの下流にある幸野ダムより取水し、湯前町、多良木町、あさぎり町を受益地としている。 百太郎溝の開さくは5期にわたって行われ、現在、水戸神社前に保存されている、旧大堰の取水樋門 の構造から推測して、おそらく鎌倉時代にすでに始まったのではないかと思われる現在は、球磨川に設置された百太郎堰より取水し、あさぎり町、錦町を受益地としている。
四地区の位置 こちらから、上記四地区の位置を地図にて確認できます。
関連項目 | 疏水百選について | 疏水サミットin熊本 2009|
 
このページの先頭へ